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2005年6月 2日 (木)

従軍慰安婦の正体

小野田寛郎「私が見た従軍慰安婦の正体」。「正論」1月号より。

 小野田さん。勿論あの方、戦後30年間もフィリピンのジャングルで単独で任務遂行?した方。1950年帰国、その後ブラジルで牧場経営、1959年より福島県で小野田自然塾を開講、以来82歳の今もキャンプを通じて子ども達と触れあいを続けてる方である。その小野田さんが、何と「従軍慰安婦」を真正面から論じる。大いなる誤解を正したい、真実を証言したいと。

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雑記帳より

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 首相の靖国神社参拝や従軍慰安婦の問題は、全く理由のない他国からの言いがかりで、多くの方々が論じているところだ。南京大虐殺と同様多言を弄することもあるまいと感じていたのだが、未だに妄言・暴言が消え去らない馬鹿さ加減に呆れている。戦後60年、大東亜戦争に出征し戦場に生きた者たちが少なくなりつつある現今、私は証言として、「慰安婦」は完全な「商行為」であったことを書き残そうと考えた。

 外地に出動して駐屯する部隊にとって、治安維持と宣撫工作上最も障害になる問題は、兵士による強姦と略奪・放火である。そのためにどこの国もそれなりの対策を講じていることは周知の通りである。大東亜戦争時、戦場には「慰安婦」は確かに存在した。当時は公娼が認められている時代だったのだから至極当然である。

 野戦に出征した将兵でなくとも、一般に誰でも「従軍看護婦」と言う言葉は常識として知っていたが、「従堰慰安婦」と言う言葉は聞いた者も、また、使った者もいまい。それは日本を貶める為に後日作った造語であることは確かだ。淫らな言葉だが、中国戦線では「ツンコ・ピー」「チョウセン・ピー」と呼んでいた筈であるが、他の人の見ている所でする筈のないことだけに、「慰安所」のことも「慰安婦」のことも、公の場で自己の見聞を正確に発表する人が少ない。、あまり詳しいと「よく知ってるね」と冷笑されるのが落ちだろう。

 では何故、君は、と私に聞かれるだろうが、幸い私はその実態を外から観察出来る立場にあったから、何も臆することなく、世の誤解を解くために発表することが出来るのだ。

◆漢口の「慰安所」を見学

 商社員として17歳の春、中国揚子江中流の漢口(現武漢)に渡った私は、日本軍が占領してまだ5カ月しか経っていない、言わば硝煙のにおいが残っている様な街に住むことになった。当時、漢口の街は難民区・中華区・日華区・フランス租界・日本租界・旧ドイツ租界・旧ロシア租界・旧英国租界に分かれていて地区ごとにそれぞれ事情に合った警備体制が敷かれていた。

 日華区とは日本人と中国人とが混じって住んでいる地区で、そこに住む中国人は中華区に住む者と同様「良民証」を携帯しており、そうでない者は警備上難民区に住まされていた。難民区は日本兵も出入りを禁止されていて、私たち在留邦人は届け出て許可を得なければ出入り出来なかった。それだけ危険な場所だった。

 私は、仕事が貿易商だから、難民区以外はよく歩いた。ある日、汚れた軍服を着た兵士に「慰安所はどこか知りませんか」と路上で尋ねられ、一瞬思い当たらず戸惑った。しかし看板に黒々と「漢口特殊慰安所」と書いて壁に掲げていて、その前に歩哨と「憲兵」の腕章をつけた兵隊が立っている場所を思い出したのでその通り教えてあげた。映画館と同様に日華区にあった。汚れた軍服から推測して、作戦から帰ってきた兵士に間違いない。街を警備している兵士は、そんな汚れた軍服で外出してないからだ。

 私は「特殊慰安所」か、なるほど作戦から帰った兵士には慰安が必要だろう、小遣い銭もないだろうから無料で餅・饅頭・うどん他がサービスされるのだろうと早合点していた。ところが、私の知人が営む商社は日用品雑貨の他に畳の輸入もしていて、それを「慰安所」にコンドームなどと一緒に納入していたので「慰安所」の出入りが自由であった。彼に誘われて一般在留邦人が入れない場所だから、これ幸いと見学に行った。

 私たちは、憲兵に集金の用件を話してまず仕事を済ませた。日が暮れていたので「お茶っぴき」(客の無い遊女)が大勢出てきて、経営者と私たちの雑談に入ろうとしてきたが追い払われた。そこには内地人も鮮人も中国人もいた(現在、鮮人は差別用語とみなされ、使われない。しかし朝鮮半島が日本統治だった当時は「日本人、朝鮮人」などと言おうものなら彼らに猛烈に反駁された。彼らも日本人なのだからと言う理由である)。

 群がってきた彼女たちは商売熱心に私たちに媚びてきた。憲兵は特別な事情の時以外は、部屋の中まで調べに来ないからである。料金は女性の出身地によって上中下がある。また、利用時間も兵士は外出の門限が日没までだから日中に限られるが、下士官は門限が長く、将校になれば終夜利用出来る。料金も階級の上の方が割高で、女性たちは当然、同じ時間で多く稼げることになる。

 半島出身者に「コチョ(伍長ー下士官)かと思ったらヘイチョウ(兵長ー兵士)か」、「精神決めてトットと上がれネタン(値段)は寝間でペンキョウ(勉強)する」とか、笑うどころではない涙ぐましいまでの努力をしているのも聞いた。内地人のある娼妓は「内地ではなかなか足を洗えないが、ここで働げば半年か1年で洗える」といい、中には「1日に27人の客の相手をした」と豪語するつわものもいた。

◆どこにもいなかった「性的奴隷」

 ここで親しくなった経営者の話を紹介しよう。「体力的に大差がない筈なのに、内地人は兵士たちと言葉が通じるために情が通うのか、本気でサービスして商売を忘れ健康を害してしまう。そのために送り返さねぱならず、経営者にとって利益が少ない。兵隊さんには内地人ばかりで営業するのが本当だが」と本音を漏らしていた。

 私の育った街には花柳界があったので、芸妓と酌婦をよく眼にしたが、当時は玄人女と呼ばれた彼女たちの外出姿でも一般の女性と見分けることが出来た。その目で見れば漢口の街でも同様だったが、特に朝鮮人の女たちは特色があった。というのは彼女たちは数人で外出してくるのだが、民族衣装ではなく、着慣れないツーピースの洋装のせいで着こなしが悪く、また歩き方にも特徴があって一目で見分けられた。

 彼女たちは実に明るく楽しそうだった。その姿からは今どきおおげさに騒がれている「性的奴隷」に該当する様な影はどこにも見いだせなかった。確かに、昔からの言葉に、「高利貸しと女郎屋の亭主は畳の上で往生出来ぬ」というのがあった。明治時代になって人身売買が禁止され「前借」と形は変わったが、娘にとっては売り飛ばされた」ことに変わりはなかった。

 先述の「足を洗う」とは前借の完済を終えて自由の身になることを言うのだが、半島ではあくどく詐欺的な手段で女を集めた者がいると言う話はしばしば聞いた。騙された女性は本当に気の毒だが、中にはこんな話もある。「『従軍看護婦募集』と騙されて慰安婦にされた。私は高等女学校出身なのに」と兵士や下士官を涙で騙して規定の料金以外に金をせしめているしたたかな女もいた。またそれを信じ込んでいた純な兵士もいたことも事実である。日本統治で日本語が通じた故の笑えない喜劇でもある。

 ところで、その「慰安所」にどれだけの金が流れたのだろうか。これが「慰安婦」が「商行為」であった確かな事実である。私の次兄が主計将校で、漢口にある軍司令部に直接関係ある野戦衣糧廠にいたので「慰安所」について次のような統計があると教えてくれた。

 当時、漢口周辺には約33万人という兵力が駐屯していたが、ある理由で全軍の兵士の金銭出納帖を調べた。3分の1が飲食費、3分の1が郵便貯金、3分の1が「慰安所」への支出だった。貯金は給料の僅かな兵士たちにとって嬉しいことではなかったが、上司から躾として教えられている手前せざるを得なかったのが実情だった。私も初年兵として1ケ年、江西省南昌にいたが、食べたいのを我慢して貯金した。

 1人の兵士がそれぞれ3等分して使った訳ではないだろうが、人間の三大欲は食欲、睡眠欲と性欲と言われるだけに、貯金を睡眠に置き換えると全く物差しで測った様な数字である。ちなみに当時の給料は兵は1カ月平均13円程で、その3分の1を約4円として計算すると33万人で総額約132万円になる。「零戦」など戦闘機1機の価格は3万円と言われたが、実に44機分にも相当する。サラリーマンの初任給が40円そこそこの頃だったのだから、経理部の驚くのも無理のない話である。

 以上が、私が商社員として約3年半の間、外部から眺め、また聞き得た「慰安所」と「慰安婦」の実態である。

 私が漢口を去った昭和17年夏以降に、漢口兵站(作戦軍の後方にあって車両・軍需品の前送・補給・修理・後方連絡線の確保などに任ずる機関)の副官で「慰安所」等を監督した将校の著した『漢口兵站』と照合してみたが、地名・位置等について多少の相違点は見いだしたが、本題の「慰安所」について相違はなく、より内情が詳しく記されていた。これでは誰がどう考えても「商行為」であるとしか言いようがないだろう。

 「商行為」ではない、軍による「性的奴隷」であるとそれでも強弁するとすれば、知らな過ぎるのか、愚かで騙されているのか、そうでなければ関西人が冗談めかして言う「いくらか貰うてんの?」なのかもしれないが、あまりにも馬鹿げた話である。

◆問題にして騒ぎ出す者たちの狙い

 次に、軍関与の暴論について証言する。

 私は20歳で現役兵として入隊、直ちに中支の江西省南昌の部隊に出征した。初年兵教育が終わって作戦参加、次いで幹部候補生教育、途中また作戦と、1ケ年1度の外出も貰えずに久留米の予備士官学校に入校してしまったから、外出して「慰安所」の門を潜る機会に恵まれなかった。

 だが初年兵教育中、古い兵士には外出がある。外出の度にお土産をくれる4年兵の上等兵に「外出でありますか」と挨拶したら「オー、金が溜ったから朝鮮銀行に預金に行くんだ」と笑って返事をしてくれた。周りは周知の隠語だからクスリと笑うだけだった。

 南昌には師団司令部があった。「慰安所」には内地人も朝鮮人も中国人もいて、兵士は懐次第で相手を選んで遊んだのだろう。私は幹部候補生の教育を、南昌から30キロ以上も離れた田舎の連隊本部で受けた。「慰安所」は連隊本部の守備陣地の一隅に鉄条網で囲まれて営業していた。教育の末期に候補生だけで本部の衛兵勤務につくことになった。もちろん勤務は24時間である。

 私は営舎係だったので歩哨に立たないから何度も歩哨を引率して巡察に出た。巡察区域の中に「慰安所」も含まれていた。前線の歩哨は常時戦闘準備をしている。兵舎内の不寝番でさえ同様だ。鉄帽を被り、銃には弾を装填し夜間はもちろん着剣である。その姿で「慰安所」の周囲だけならまだしも、屋内も巡察し、責任者の差し出す現在の利用者数の記録を確認する。軍規の維持とゲリラの奇襲攻撃を警戒しているからである。

 考えてみるまでもない、そこで遊んでいる兵士は丸腰どころではない。もっと無防備で不用心な姿の筈である。その将兵を守るべき責任は部隊にあるのは当然だ。それに性病予防の問題もある。そんな田舎に医師や病院がある筈がない。性病予防のため軍医や衛生兵が検査を実施するしかない。

 「慰安所」の経営者は中国人だったし、日本では当時公認の娼妓と呼ばれた女たちも中国人だった。彼らも食料やその他の生活用品が必要だ。大人数なのだから、それなりの輸送手段もいる。辺鄙な場所だから部隊に頼る以外方法がない。部隊が移動する時もそうなるだろう。私の話す湖北省の言葉もだいたい通じたので、経営者と立ち話をして彼女たちについてそれなりの様子も聞き出せた。今でも「慰安所」の両側に部屋のある中廊下を巡察した不粋な自分の姿を思い出すが、こんな漫画にもならない風景が現実にあったのだ。これは私の部隊だけではないと思う。

 もう60年も昔のことである。時代が変わり、また平時と戦時の違いもある。したがって娼妓(ここでは慰安婦に相当する)に対する解釈も当然変化している。そうであるにもかかわらず、すでに証拠も不完全になっていることを幸いに、今更これを問題にして騒ぎ出す者たちの狙いは何なのか。言えることはただ一つ、不完全だからこそ喚き散らしていれぱ、何かが得られると狙っているということだ。

 戦場に身を曝し、敵弾の洗礼を受けた者として最後に言っておく。このことだけは確かだ。野戦に出ている軍隊は、誰が守ってくれるのだろうか。周囲がすべて敵、または敵意を抱く住民だから警戒を怠れないのだ。自分以上に強く頼れるものが他に存在するとでも言うのならまた話は別だが、自分で自分を守るしか方法はないのだ。

 軍は「慰安所」に関与したのではなく、自分たちの身を守るための行為で、それから一歩も出ていない。「異常に多く実を結んだ果樹は枯れる前兆」で「種の保存の摂理の働き」と説明されるが、明日の命も知れぬ殺伐とした戦場の兵士たちにもこの「自然の摂理」の心理が働くと言われる。彼らに聖人君子か、禅宗の悟りを開いた法師の真似をしろと要求することが可能なのだろうか。現実は少ない給料の中から、その3分の1を「慰安所」に持って行ったことで証明されている。有り余った金ではなかったのだ。

 「兵隊さん」と郷里の人々に旗を振って戦場に送られた名誉の兵士も、やはり若い人間なのだし、一方にはそうまでしてでも金を稼がねばならない貧しい不幸な立場の女性のいる社会が実際に存在していたのだ。買うから売るのか売るから買うのかはともかく、地球上に人が存在する限り、誰も止めることの出来ないこの行為は続くだろう。根源に人間が生存し続けるために必要とする性(さが)が存在するからだ。

 「従軍慰安婦」なるものは存在せず、ただ戦場で「春を売る女性とそれを仕切る業者」が軍の弱みにつけ込んで利益率のいい仕事をしていたと言うだけのことである。こんなことで騒がれては、被害者はむしろ高い料金を払った兵士と軍の方ではないのか。

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 従軍慰安婦問題についても、日本政府自身がしっかりとした調査をし、例えそれが中韓の癇に障るものだったとしても、従軍慰安婦問題に対する日本政府の立場をはっきりさせするべきである。また、事実をねじまげて報道する報道機関に対しても適切な方策をとるべきである。

6月 2, 2005 大東亜戦争 |

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こんにちわ、super_xです。 朝日の夢想コラム記事でもお馴染みの、 若宮啓文論説主幹の「風考計」。 月1で連載だが、今月は… 中国で考えたこと 外交に礼儀と謙譲の心を 瞬く間に群衆が目抜き通りを埋め尽くし、日本の総領事館を6時間にわたって包囲する。日本批判を繰り 戦時下の慰安所について記述した貴重な文献をもっています。当時中国の漢口慰安所で従事していた、元軍医大尉の長沢健一氏が1983年図書出版社から発行された本「漢口慰安所」という本に当時の実態が詳細に記述されています。戦後復員して西成のあいりん地区で耳鼻科医院を開業されていました。もう故人になられましたが、小生はこの先生に治療を受けたことがあり 執筆しておられたのを知っていました。この中でも、慰安婦という記述はあっても従軍慰安婦という記述はありません。   続きを読む

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記事。こちらは朝鮮の新聞のチョウニチ…じゃなくて、救いようのない朝日新聞さんです。 みなさん読んであげてね♪ しかし、どうなったんだ、安倍さんと中川さんをはめようとして事実ではない嘘の記事を書き、わざわざ4年前の記事を引っ張りだしてきてまで、従軍慰安婦 戦時下の慰安所について記述した貴重な文献をもっています。当時中国の漢口慰安所で従事していた、元軍医大尉の長沢健一氏が1983年図書出版社から発行された本「漢口慰安所」という本に当時の実態が詳細に記述されています。戦後復員して西成のあいりん地区で耳鼻科医院を開業されていました。もう故人になられましたが、小生はこの先生に治療を受けたことがあり 執筆しておられたのを知っていました。この中でも、慰安婦という記述はあっても従軍慰安婦という記述はありません。   続きを読む

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» 中国、森岡政務官を再度批判 トラックバック +- 色々雑記帳 -+
今日はほのぼので終わろうと思ったのに、 ちょっとニュース海外を覗いてみたら、こんなのが目に付いちゃった。 続きを読む

受信: 2005/06/02 16:40:34

コメント

戦時下の慰安所について記述した貴重な文献をもっています。当時中国の漢口慰安所で従事していた、元軍医大尉の長沢健一氏が1983年図書出版社から発行された本「漢口慰安所」という本に当時の実態が詳細に記述されています。戦後復員して西成のあいりん地区で耳鼻科医院を開業されていました。もう故人になられましたが、小生はこの先生に治療を受けたことがあり
執筆しておられたのを知っていました。この中でも、慰安婦という記述はあっても従軍慰安婦という記述はありません。
 

投稿: 井上 栄次 | 2005/06/20 13:43:46

話は変わりますが、先日車中で文化放送を聞いていたら、件の小野田氏が
ゲストで出演なさっていました。
(もう放送終了間際だったのでほんの少ししか聞けなかったのですが・・)
かなりのご高齢のはずなのに、はっきりとお話して矍鑠としたご様子。
あの戦争を体験した方々にはご自分の体験談等を、偏向したメディアを
通さずに、もっとたくさん語って残してもらいものです。

連続投稿申し訳ありませんでした。
最大長エラーとかになってしまって・・・  これで終わりです。m(_ _)m

投稿: 路傍の石 | 2005/06/11 20:09:33

虎哲 さん記述
経営者と軍とつながりがない、という
証明にはなっていない、と思いますね。
虎哲 さん、勘違いしていませんか? つながりがないという証明は
しなくていいんですよ? つながりがないところに契約書とか
そんな書類とかは存在しないんですから。
それを出せというのは、いわゆる「悪魔の証明」ですね。

証明するのだとしたら、経営者と軍がつながっているかもしれない、と
考える側の人間です。当時の日本ないしは日本軍から出された(かもしれない)
慰安婦集めの命令書なり、経営権に関する契約書なりを提示して
「ほら、関与しているじゃないか」と言ってくだらさないと・・。
(まぁ、おそらく無理ではないかと思います。そんなものないんですから)

投稿: 路傍の石 | 2005/06/11 20:06:46

たびたびTBいただいております路傍の石@北国tv と申します。
初めて書き込みさせていただきます。

まず、ここ1ヵ月近く異常に仕事が忙しく、TBのお礼を述べることが
できませんでしたことのお詫びをさせてください。
ほったらかしにしてしまい、大変申し訳ありませんでした。
よろしければ今後もお付き合いくだされば幸いです。

さて、今回の小野田氏の「従軍慰安婦」の文章、興味深く拝見いたしました。

私自身は、一部のマスコミや某国が言うところの、日本(軍)が強制的に
女性を徴用し「従軍慰安婦」とした、という事実はなかったと思っている人間です。(まずは立場を鮮明にしておきます)

投稿: 路傍の石 | 2005/06/11 20:05:24

興味深く読ませて頂きました。
ほの暗き闇の底さんと同様に「慰安婦=娼婦だべや」と。
当時、色々な事情で売られたり、また騙されたりした方が居るのは事実だろうが、
それをどう捻じ曲げたら「従軍慰安婦」や「性的奴隷」になるんだ?!と非常に疑問だったので。

結局、よく調べもせずに頭を下げた紅の傭兵みたいなお馬鹿サンがこの問題を
大きくしてしまったのだと思います。
焚き付け役のマスゴミも同罪です。

投稿: チラシ | 2005/06/09 17:33:13

慰安婦問題や強制連行問題を解決するには、

謝罪はしてやるが、『賠償』は全て終了している、
と言いきってしまえば良いんですよ、

相手の感情とかかわいそうなとか無駄なものは一切無視、
彼らの目的は、『金』ですからそれを得られないと知れば、運動は瓦解します、

ちなみに強制連行などと言っている馬鹿は、前提条件である、朝鮮は併合により日本であったと言う事実を無視しているから言うのであって、日本が日本人に課した【義務】である徴用のどこに問題があるんだ?と問い詰めれば良いのではないでしょうか?

同様に、慰安婦=娼婦←この正しい認識を喧伝するのが正しいかと、

投稿: ほの暗き闇の底 | 2005/06/05 11:56:35

TBいつも有難うございます。m(__)m

さて、「従軍慰安婦」問題。
この言葉を考え出した人って、いったいどなたなんでしょうね・・・。
「史実」も「国益」も敵視。白が黒に見えてしまうくらい視力に異常をきたしてしまっているのかもしれません。想像力が旺盛であると同時に、やはり「性的奴隷」といった状況にすごくリアルな思いを抱かれる方(たち)なのではないかなあと。ヴァーチャルな世解での痛みさえ我が事のようの感じられる感性をお持ちなんだろうなあと。男であれば、女性のそうした状況など考えただけで身震いする!という気持ちのやさしい方たちなのかもしれないですよ。

それゆえ、とても冷静な議論のできる状態にはない方たちなのではないかなあというのが、結論であります。

投稿: ri_31 | 2005/06/03 6:00:46

>弐々師走さん
コメントありがとうございました。
>哀しく、悲しい話
そうですね。真実だけが正解でないことも多い。
でも、真実が知ることができるときに
やっておかねばならないこともあると思います。

投稿: 1喝たぬき | 2005/06/02 23:37:16

遅ればせながら、TBありがとうございます。

自分のブログでは、この問題が中国や韓国における日本バッシングの一つとして利用されている程度の記事で書いておりましたが、やはり、問題は根深いものであると思います。

この慰安婦問題も含めて双方共に遺恨の残さない解決方法…そんな無茶な方法や、これが真実だぁ!という確実な証明方法っていうもの…素人考えですがないものでしょうかねぇ。

哀しく、悲しい話ですね、本当に。

投稿: 弐々 師走 | 2005/06/02 23:27:51

>hatena
小野田さんの体験=allなどとどこにも主張していない。
俺の主張は、大事な問題なのだから
政府が責任を持って調査しろということだ。
それぐらいのこともわからんか?

日付けについてつまらんことを書いているが
5月27日投稿の「小野田寛郎氏」を読むように。
「苦笑」する暇があるなら、
それぐらいの礼儀を示せ。

このblogは、他の文章の紹介なのであえてそのまま載せるのが常識。
コメント&TBは自由だが、
リンク先を明らかにせず勝手なことを書くのは非礼である。

今後、リンク先を明らかにしないコメントは削除させてもらう。

投稿: 1喝たぬき | 2005/06/02 20:10:09

>仔猫侍さん
コメントありがとうございました。
あなたは自分の眼でみたのですか?
事実をきちんと調べることが重要です。
判断はその後で下すこと。

投稿: 1喝たぬき | 2005/06/02 19:56:32

>虎哲さん、植木屋の恋愛事情・株式上場2005さん
コメントありがとうございました。
特に中韓を中心に大きな国際問題のひとつとなっているのですから
日本政府が責任を持って調査をするべきでしょう。
真実を知っている人はどんどん亡くなってしまいます。

投稿: 1喝たぬき | 2005/06/02 19:53:16


小野田さんの体験=all じゃないでしょう。

それから・・・
1950年帰国、その後ブラジルで牧場経営、
1959年より福島県で小野田自然塾を開講

全然間違ってます(苦笑)
ちゃんと調べた方が良いですよ。
参考:http://www.andec.com/onoda/ryakureki.html

投稿: hatena | 2005/06/02 19:30:58

ふーん、小野田さんって豚野郎だったんだね。とっととジャングルん中に消えて(笑

投稿: 仔猫侍 | 2005/06/02 18:03:45

真実を知らない人達が、うまいこと洗脳されてますね。

良い。悪い。ではなく、「真実」は何か、はっきりして欲しいものです。

そのあと、個々の判断に、任せる。

投稿: 植木屋の恋愛事情・株式上場2005 | 2005/06/02 16:51:08

TBありがとうございます。
この種の議論はパターン化していて
面白くありませんね。
「慰安婦は商行為」「軍の関与はない」
「慰安婦」が集団でウソをついている、とでも?
「慰安婦」側の証言の信憑性に疑問があるなら、それと
同じくらい元兵士側にも疑問が出てくるはず。
等価で検証すべきなのでは?

この小野田証言も、慰安所を軍が守っていた、という事実は
語っていますが、経営者が純粋な「商行為」で慰安所を開いて
いたかはわかりません。経営者と軍とつながりがない、という
証明にはなっていない、と思いますね。
「軍人が直接経営」しなければ関与がない、といえるんでしょうか。
もちろんどの程度の「関与」なのか、慰安婦それぞれの事情も
違うことは議論の余地があります。

投稿: 虎哲 | 2005/06/02 14:22:06

マスコミ関係者の間では「従軍」という言葉を冠するかどうかで強制連行の認否を分けているようです。もともと一部のマスコミ人がわざわざリクルートしてきた人々を誘導尋問して捏造した歴史ですね。彼らのやり方は騒いでおいて知らんぷりをする…。あとはウソが一人歩きするのを待つ、といった手法ですね。先のNHKの番組に対する某新聞社のやり口にその姿勢が凝縮されていると思います。彼らはピンポイントで歴史を捏造しますが、論争になると観念論で逃げ去ります。どちらが実証的であるかはまったく明らかですね。

投稿: ジンマーマン | 2005/06/02 13:50:14

真実ならば歴史教科書に記載して欲しいものですね。帰還兵が責められるのを恐れ自己防衛のために歪曲する可能性もあるでしょう。

投稿: audubon | 2005/06/02 13:35:34

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